在宅ケアケース事例Home care case example
国際医療福祉大学大学院教授
日本ケアマネジメント学会理事長
白澤 政和氏
本人の思いを尊重し
独居・認知症の男性を支援する
独り暮らしの認知症の方の事例である。こうした高齢者の支援においては、在宅の限界を明らかにするためのリスクを予測し支援していくことが重要であるが、一方で、本人のストレングス(好きなことやできること)を活用した支援を行うことで、質の高い在宅を長期にわたり支えていくことができる。ストレングスを活用した支援を行うには、本人との言語的なコミュニケーションはもちろんのこと、微妙な感情表現や生活歴を理解するなど、本人の思いを把握していくことが求められる。
今回の事例
医療法人 生登会
てらもとケアプランセンター
土肥 とも子氏
(看護師・日本ケアマネジメント学会認定ケアマネ・社会福祉士)
ご近所の通報を受けた地域包括から依頼
「ご夫婦の声はするけど最近その姿を見ない」──ご近所の通報により地域包括支援センターのスタッフが様子を見に行くと、ゴミが散乱する居室に髪・ひげを伸ばしたAさん、その横に排泄物にまみれた奥さんがいたそうです。妻は施設入所へ、そこからAさんの独居が始まりました。
人口は10万人を下回る当市の高齢化率は37%となっており、近年は独居認知症の利用者が増えています。ただ、このAさんの地区はご近所が挨拶する、困ったことがあれば互いに助け合う、といった昔ながらの人間づきあいが保たれています。また、地域包括支援センターと各介護事業者間では緊密に情報交換を行っており、介護が必要な人を見逃さないように密なネツトワークが張り巡らされています。Aさん夫婦が孤立する一歩手前でご近所の一報で救われたのも、こうした土地柄のおかげといえます。
89歳で、歩行、食事、排せつは自立です。認知機能の低下があるため、短期記憶に支障があり、何を食べたか覚えていないことや、ご飯を食べたのを忘れてまた炊いてしまうこともあります
白米に塩を振っただけ、トマトだけを食事として食べていることもありました、排泄(布パンツ使用)については、便意・尿意があり、自分でトイレに行くことができます。しかし、ズボンの前や肌着の前は汚れています。ほかにも、人の見分けがつかない、服薬も自己管理は難しくなってきました。
歩行はゆっくりですが階段昇降もできます。洗濯は本人が「自分でする」「妻がする」と言われますが、清潔衣類と不潔衣類の分別が困難になっています。入浴については息子さんの訪問時に入れてもらいます。「シャワーした、自分で風呂に入れる」との発言はありますが、事実確認が難しくなってます。外出する気持ちが本人になく、買い物はままならない状況です。独居になってすぐ一室で生活しています。掃除はできないので、トイレや便器、床の汚れが目立ちます。ゴミの分別、ゴミ出しは非常に困難です。洗濯物は自身がされておりますが、事実確認できず、ベッド回りや、リビングのソファに衣類が積まれている状況です。
性格的にはとても温厚な方です。ご自身に危機感は乏しく、「身のまわりのことはまだ自分でできるから」とケアマネジャーの提案に乗り気ではなく、要介護1で支給限度額をまだ余らしている状況にあります。
当初は、入浴や体調の管理、閉じこもりなどの解消に通所サービスの利用を試してみましたが、継続して活用しているのは週3回の訪問介護のみになっています。訪問介護のスタッフが訪れると穏やかでニコニコされています。栄養バランスを考え、配食サービス(週3回)を利用しています。
遠方に住む2人の息子が役割分担してみている
配偶者が施設に入居し独居になりましたが、家族の支援がないわけではありません。Aさんには2人の息子がおり、それぞれ遠方に在住されてます。サービス担当者会議を活用して、本人様や息子様の思いを、介護事業者に話していただき共有しました。息子様たちが対応可能な役割を兄弟で話し合っていただき、長男はキーパーソンとしての役割を担っておられます。月に数日帰宅され、状況確認とサービスの調整確認、かかりつけ医への受診対応をされます。その都度「クスリをきちんと飲むように」「入浴や食事を正しくするように」と、日々の生活全般に目配りしてくれます。毎朝それぞれが電話をかけ様子の確認や服薬の促しの対応をされます。金銭管理は次男が担当され、本人のペースで「好きなように普通にしたらいいよ」との認識で対応しています。ただ、2人ともまだ現役で仕事が忙しく、遠距離介護には自ずと限界があり、必要時には訪問介護を手厚く調整したりをしています。
在宅とリスク管理の限界点を見極める
記憶度に重点が置かれたHDS-R(長谷川式認知症スケール)は19点です。閉じこもり傾向で症状が進んでいくことは否定できません。現状で、その場での指示反応は通じますが、配偶者が施設入所した事実を忘れ、「洗濯は妻がするから」「もうすぐ帰ってくるから」と言うなど、妻と同居している感覚になります。息子さまが妻の施設の住所などを紙に大きく記載し、本人が目にするカレンダーのある壁に貼ってくれています。服薬については、薬局で「日付け入個包装」されたものを訪問介護のへルパーがカレンダーの横に一週間ごとに張り出し、兄弟からの電話での促しにより毎朝1回の服薬がかろうじてできています。ゴミ出しや居室の整頓、買い物は訪問介護が対応しています。
在宅の限界を示すサインは、内科疾患の悪化(1日に1回の服薬では血糖コントロールが不良になったり)、食事量の変化(とても太ってきたり、痩せてきたり)、排せつ機能(汚染の失敗が継続される)、歩行機能の低下(歩けない)を想定しています。また転倒のリスクも共有し、そうした様子の変化を漏らさないようにヘルパーに確認してもらっています。長男さんが様子を主治医に相談されチームにフィードバックしてもらうようにもしています。妻のいる施設には、緊急時対応に備えるため、定期的に情報共有を図っています。
独居の方の在宅生活を支援するうえで、家族の力を含めたチームの連携は欠かせません。本人の状況変化に、家族のできること、できないこと、意向も変化し、限界もあります。そうしたことを本人、家族にも丁寧に確認していくことが介護支援専門には期待されます。本人の在宅生活を長く継続できるように状態の変化に敏感になっていき、必要時には施設対応できる体制を整えていこうと思います。
今回のポイント
在宅の限界・リスクに備えると同時に、
質の高い在宅を長期間持続させるため、
インフォーマルを含むサービス提案も
① ケース発見につなげるために
夫婦世帯や家族と同居している場合に比べ、高齢者が一人暮らしでなおかつ認知症の場合、ケース発見自体が大変難しくなる。本事例は大阪という地域特性もあり、ご近所が地域包括支援センターに伝えてくれたことで発見に至ったケースである。やはりケアマネジャーは、日ごろから地域のいろんな人達に積極的にアプローチし、様々なネットワークを通じて介護を必要とする人の情報が入ってくる環境を構築しておく必要がある。介護保険サービスが必要なのに受けられないケースを発見することも、ケアマネジャーの大切な機能の一つなのである。
② サービスを利用したくない人への対応
Aさんは訪問介護を週3回利用している。以前は通所介護を利用していたが、自身では必要性を感じずやめてしまったという。ケアマネジャーからすれば、入浴をともなうデイサービスは是非とも利用してほしいところだ。ホームヘルパーと極めて良好な関係にあることや、人との関わりが苦手ではないことを考えると、デイサービスの支援を受けることができると考えるのが普通だ。訪問介護以外のサービスをなぜ利用しないのか、本当に利用したくないのかどうかを含め、ケアマネジャーは折を見ていま一度じっくり話し合いをしてみる必要があると思う。入浴が十分にできていない現状もそれにより打開できるかもしれない。
③ 遠距離介護の負担を軽減する
2人の息子が遠距離介護をしており、特に長兄は月に2回も遠方から様子を見に来ている。自分たちの仕事や生活のことを考えると、明らかに過度な負担を担っていると推測される。この負担を軽減する方法はないだろうか。例えば社会福祉協議会の「日常生活自立支援事業」を利用することで通帳管理や服薬管理などを代行してもらうとか、あるいは成年後見制度にアプローチしてみるのも一つの方向性である。そうすることで息子さんの精神的負担が軽減され、物理的ハンディを抱えながらも長く安定した介護支援がしやすくなると思う。
④ 地域のストレングスを活用する
訪問介護は週3回利用しているが、その内容を吟味することでより当人にとってより利便性の高いサービスに変える余地はあると思われる。例えばゴミの分別やゴミ出しなどは訪問介護本来の機能ではない。ご近所に声掛けしてお願いすることでヘルパーに時間的余裕ができ、訪問介護でなければできない他のサービスに転換することができよう。地域性を加味して考えると、自宅での入浴支援についても検討の余地が生まれるかもしれない。近隣の相互扶助が盛んな地域なので、このように地域のストレングスをフル活用することが大切だ。地域の中の昔なじみの人だとか、ご近所、町内会、民生委員、一人暮らしの人の見守り活動グループなど、今は地域の中に「認知症の人と共生しよう」という機運が盛り上がっている。それを上手に活用していくことが求められている。
⑤ 本人の思いを尊重する
認知症の人の多くは、自分の症状の悪化や今後起きるであろう生活上のリスクを正しく判断することはできない。Aさんもおそらく、自分から施設に入りたいとは言わないだろう。ゆえに、ケアマネジャーが在宅の限界を指標としてとらえていくことは大変重要である。本事例においても食事量の変化、内科疾患の悪化、歩行機能の低下などがサインになると挙げている。そのこと自体は評価できるが、一方で、できる限り在宅生活を長く続けるためにはどうすればよいか、在宅支援のさらなる充実を模索する姿勢を忘れてはならない。それには、日々の生活の観察を通してAさんの好きなことやしたいことを聞き、それを実現させる環境を提案していくことが重要となる。これが“本人の思いを尊重する介護”につながっていくのである。
事例概要
利用者/A氏(89歳・男性)
要介護1
(令和6年3月時点)
障害高齢者の日常生活自立度/A1
認知症高齢者の日常生活自立度/2b
既往歴 /認知症、左鼠径ヘルニア、糖尿病
家族構成/独居
身体状況
食事 /自己摂取可能
歩行 /独歩、後手にして歩く。階段昇降可
排泄 /便意・尿意あり。布パンツ利用。
利用中のサービス/訪問介護(週3回)、配食弁当(週3回)
※本人およびご家族の許可を得て掲載しています。(一部修正あり)