在宅ケアケース事例Home care case example
国際医療福祉大学大学院
医療福祉学研究科
教授 石山 麗子氏
ご家族のライフステージにあわせて
より介護負担の少ないプランを選択したい
家族支援は、同居の家族だけでなく、別居している家族も含め、すべての要介護高齢者に対して必要です。家族の介護負担の軽減を図ることはもちろん大事なことですが、家族を介護力としてとらえる時代は終わりました。ご家族もまた自分の人生を歩んでいます。そのステージに親の介護というイベントが起きたのが今なのです。家族支援に際してもまた、「その人の立場に立って」考えることが何よりも重要です。本ケースは何の変哲もない介護が必要になった母と介護する娘の風景に見えますが、実はかなり高次元のケアマネジメントが発揮されている事例です。
今回の事例
東京海上日動みずたま介護ST
大和ケアプランセンター
日本ケアマネジメント学会
認定ケアマネジャー/
主任介護支援専門員
加藤 美砂希氏
支援経過
支援開始当初は認知症の兆候なし
「母が閉じこもりがちなので、デイサービスの利用を検討したい」──主介護者の長女から直接相談を受けたのは令和5年11月末のことでした。当時のAさん(84歳・女性)はまだ認知症があるようには見えず、介護保険申請もしていない状況でした。当人も生活上の不便を感じておらず、「まだ大丈夫、自分でできるから」といいます。12月に介護保険認定を申請。ところが2月になっても結果が届きません。市役所に確認したところ「郵送済み」というので室内を探したところ金庫に保管されていました。認定結果は「要支援2」でした。この件をきっかけに「もしかすると?」と認知機能低下を想定しました。実際にかかわるなかで、小銭の計算や、医師の指示通りの服薬が難しいなど、徐々にみえてきました。
独居のAさん。その後、外出機会は著しく減っていきました。食事の記憶もあいまいで、水分が十分とれていない、入浴もきちんとできていない、室温管理も自分では難しいことが次々に明らかになっていきました。
区分変更申請、要支援2から要介護2へ
まずは、週2回の半日デイサービスから開始しました。職員に様子を聞くと、脳トレの金銭問題がほとんど解けないといいます。このころから目に見えて認知症が進んでいったようです。要支援2のレベルではないので令和6年6月に介護区分変更を申請。その結果、「要介護2」の認定がおり、ケアプランを見直し、本格的な支援に入りました。
現在利用しているサービスは、訪問看護(週1回)、訪問介護(週4回)、1日型通所介護(週1回)、半日型通所介護(週2回)です。このほか緊急時はショートステイで対応(昨年末、転倒により骨盤骨折)。公的サービス以外では配食サービスを週3回。ほかに、自治体が貸し出す「緊急通報システム」を活用。これは、室内に設置したセンサーが安否確認、体温の揺らぎで異常を検知・連絡するシステムです。
主介護者の長女の負担を軽くしたい
Aさんには娘さんが2人。主介護者は長女で、健康に不安のある次女は関与していません。長女は若々しく見えますが、Aさんが17歳のときの子だそうですので67歳。親子といっても年齢が近く、現実は“老々介護”に等しい状況にあります。Aさん宅から徒歩30分の距離に住んでおり、支援が入らない月・水・木・日の午後には様子を見に来ます。
掃除やごみ捨て、買い物もみな彼女の仕事。ぎっくり腰の持病を持つ彼女は、母親宅に週何度も通うことに疲れています。顔を見に来れない日も安否確認の電話を欠かしません。1人ですべてを決断・実行する。長女の身体的・精神的負担は、Aさんの認知症の進行に伴い増していきます。どうしたら介護者の荷を軽くしてあげられるのか──Aさんが望む在宅生活を継続するために、本事例の一番の課題そこにあると思います。
薬カレンダー使用も日にちが分からず
要介護2の認定結果がおりた後のケアプランでは、体調を整え、本人が元気になる支援方針をたてました。今は、1人でいるときはぼんやりしていますが、ヘルパーの声かけや支援があれば一緒に調理をしたり、運動もします。他者との交流も楽しまれて笑顔も多く見られます。介護負担の軽減には、まず本人が元気になることが重要だと考えています。
認知症は徐々に進んでいるようで、家事全般に対する細かな配慮が求められます。火の元が心配なので火を使わなくても生活できるような支援内容にしていますが、訪問介護が入るとコンロが立ち消え防止の状態になっていることも。お湯は沸かさないですむようポットに変えました。電子レンジの使用はまだなんとかできますが、温度設定が難しくなっているようです。
置いてあるお菓子を一気に食べてしまうようになり、今年に入ってから体重増加が目立ちます。これから夏本番を迎え、熱中症が心配です。エアコンによる室温調整の確認は、専門職はもとより配食サービスの人にも頼んでいます。
こんな状況ですから、服薬管理を確実に行うことも難しい状況です。市販の「薬カレンダー」を使っていますが現在のAさんの状態に対する対策として万全とは言えません。訪問看護のスタッフが薬カレンダーにクスリをセットしても、Aさんは今日が何曜日なのかわかりません。訪問した支援者がその都度服薬を促し、次の分をタッパーにセットして退出するなど、服薬確認もあわせて行うようにしています。おかげで飲み忘れはかなり減ってきました。
長女には近々初孫が生まれます。今後はお孫さんと触れ合いを楽しみにしており、母親の介護にあまり多くの労力と時間を割くわけにもいきません。介護保険は本人を支援するものですが、同時に介護するご家族の生活をも支えていかねばなりません。長女のライフステージを考えても、Aさんの介護に費やす時間と労力を上手に減らす必要があります。
事例概要
利用者/A氏(84歳・女性)
要介護2
(令和7年6月末時点)
障害高齢者の日常生活自立度/A1
認知症高齢者の日常生活自立度/Ⅱb
既往症/狭心症・心室期外収縮・高血圧症、骨粗鬆症、胃潰瘍。アルツハイマー型認知症・骨盤骨折
排 泄/布パンツ・パット(小)使用。
入 浴/週2回(通所介護、訪問介護)
身体状況/歩行は伝え歩き程度。家事全般一人で行うことは難しく、常時声かけが必要。掃除・ごみ捨て・買い物は長女。調理・洗濯・とりこみ等は訪問介護時に行う。更衣は自分でできる。
社会交流/他者を受け入れるが、自分から積極的に話しかけることは少ない。
※本人およびご家族の許可を得て掲載しています。(一部修正あり)
今回のポイント
家族支援はすべての要介護者に必要です。
また家族は介護力としてみるのではなく、
人生を歩んでいる1人の人としてみることです。
事例の登場人物をライフステージでとらえる
本事例は、利用者支援が中核であるということを十分に認識したうえで、家族支援も行う観点からケアマネジメントが行われている好事例です。
「家族支援」が必要な家族というと、多くのケアマネジャーは家族自身への支援が必要なケース、例えば障害がある・疑われる、経済的に困窮しているケースなどを想定するでしょう。しかしこのケースは経済的にも問題なく、生活面でも病気や障害があるわけでもありません。むしろ、長女の子は結婚し、初孫も誕生するという人生の果実をしっかりと味わう充実した状況です。ではなぜ、家族支援は必要なのでしょうか。それは“家族を介護力として見ない”からです。
本事例は、本人への支援はもちろんのこと、本人の在宅生活の継続可能性に大きく影響する長女の立場に立ち、ライフステージの観点から分析し、ケアマネジャーとしてどのようにかかわるか、チームを編成すべきかを考えています。注視すべきは、あくまで本人が望む在宅生活継続を目的とした家族支援であり、ケアマネジャーとしての立脚の軸は当然ながら利用者にあります。厚生労働省が令和5年10月に発出した新しい課題分析標準項目では、「介護力」という項目はなくなり「家族等の状況」へ変更されたことをみても、ケアマネジメントにおける家族への視点が変わったことがわかります。私は、家族支援はすべての家族に対して必要だと考えています。同居家族はもちろん、本人とは一緒に暮らしていない別居家族も同様です。今日のケアマネジメントには、ライフステージで家族をとらえる視点が求められています。
認知症の進行プロセスにあわせたリスク管理
加藤さんが行った本人への支援に目を向けてみましょう。認知症の症状が外からわかりにくく、初回の認定結果が本人の実像を反映した結果となっていないことへ早期に区分変更申請として制度的環境整備を行いました。区分変更結果をもとに独居で認知症があっても在宅生活を送ることができるよう、速やかに本人のニーズに応じたケアプランの工夫をしています。例えば、通所介護の特徴をとらえた2か所の利用、認知症の併存疾患(心疾患等)管理のための訪問看護の利用、生活基盤を支える訪問介護が計画されています。
本人は現在も認知症の症状が進行しているプロセスにあり、その進行状況と、今後生じえるリスクにも目を向けています。例えば服薬管理。本人の自立性を考慮し、できることを奪わないよう訪問看護と連携してお薬カレンダーを活用していましたが、この方法も認知機能の低下によりリスクの比率の方が高まっていることに目を向けています。明らかに服薬方法を見直す時期にきていたのです。
新しいガイドラインの考え方に沿ったケア
家族等の状況のアセスメント情報から加藤さんは大切なことに着目しています。Aさんと長女の関係をみると、Aさんが長女を出産した年齢が17歳であることに着目します。時間軸を現在にスライドさせ、介護が必要となったAさんと長女の年齢差の意味をとらえなおします。世間をみわたせば事例の親子の倍の年齢差の方が多いでしょう。アセスメントした情報の意味を考慮することができるか。それは、この事例の登場人物全員のライフステージをその人の立場にたってみる、ライフイベントは何かに配慮することです。
本事例では、本人より17歳年下の長女は心身機能の低下を身に染みて感じている年齢です。他方、長女には我が子の結婚、初孫の誕生という人生で無二のかえがえのない経験をしているところです。長女も一人の人間としての成長過程にあり、「初めておばあちゃんになる」という新しい役割が生じています。
では、長女の立場を想像してみましょう母親のこともきちんとみてあげたい、初めて子供をもうけた子を助けたい、おばあちゃんとしての役割を果たしたい、孫に会いたい、次女に対して負担をかけないといった希望が類推されます。
今年3月、厚生労働省は、認知症の人の日常生活・社会生活における 意思決定支援ガイドライン(第 2 版)を作成しました。このガイドラインでは、『本人の意思を尊重し、家族の意思との調和を図っていく』ことが明示されました。まさに本事例は、本人の意向や生活を中核にしつつ、家族の意思、生活との調和を図って支援するという、新しいガイドラインの考え方にそったケアマネジメントを具現化しているといえましょう。