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ご意見・ご感想

ふれあいの輪は、新しいホームケア・在宅介護を目指して、
(公財)フランスベッド・ホームケア財団によって
運営されています。

ふれあいの輪

在宅ケアケース事例Home care case example

石山 麗子氏

国際医療福祉大学大学院
先進的ケア・ネットワーク開発研究分野

教授 石山 麗子

老々介護もしくは家族の介護力が
足りない在宅介護をどう支えるか

人材不足に悲鳴を上げているのは施設だけではない。核家族化と高齢化が過度に進んだ今日、世帯における介護力も著しく低下し、かつてはできたはずの在宅ケアが成立しない状況が増えてきた。支える側も高齢者、あるいは若いけれど健康に問題がある──介護力の足りない在宅介護をケアマネジャーはどう支えたらよいのだろうか。

今回の事例

取締役本部長 鮫島 寛大 氏

株式会社PRO
取締役本部長

鮫島 寛大

支援経過

102歳要介護4の母親とその息子

紹介するAさんは102歳で、要介護4。息子さんと2人暮らしで、息子さんも高齢の72歳、パーキーソン病で要介護1と認定されています。息子さんは親の介護をするために戻ってきたのですが、自分も要介護者になってしまいました。

Aさんはセッティングしてもらうと食事は自分で食べることはできます。ポータブルトイレを使用しており1日数回であればそこまで自力で移動し排泄できます。移動は、体を両手で支え床に腰をすらせています。

朝と晩にヘルパーが来てご飯の用意やポータブルトイレの処理、衣類の交換をしています。

週に1回デイサービスへ行って入浴等の介助を受けています。これに訪問看護が隔週で入り健康状態の観察や主治医との連携などを行っています。

この世帯を考える場合、最も重要なことは、母と息子が支えあっていることです。Aさんは母親としての役割を果たしています。例えば、息子さんの姿が見えなくなると、夜中じゅう大声で叫んで息子さんを探します。

これは、平時でもこのような配慮が必要な方の災害対策を考慮した数年間にわたる実践報告です。

史上最強の台風への対策

この世帯は、災害に極めて脆弱な状況にありました。

Aさんの家は海岸沿いの町にありました。海抜5mぐらいなのですが、公道よりも1段家が低い土地にあって、雨水が家の中に流れ込む危険性がありました。

昔ながらの家屋で窓もサッシではなく木枠の薄い板ガラスで割れやすいし、割れるとその破片は極めて鋭利です。息子さんはパーキンソン病特有の症状があり、被害のあった家屋で生活するのはとても危険であり、困難です。

南海トラフ地震のときは、この周辺の地域の中では最も早く津波が到達する予測の出ている地域です。

そんなくらしの中で、Aさん地域を史上最強と言われる台風が襲来しました。直撃が予測され、早くから避難が呼びかけられました。

しかし、Aさん世帯は避難指示に従って、避難場所へ移動することは容易ではありません。

まず、先述の状況から、母子両方で考えなければなりません。2人でかろうじて支え合う生活は、そのどちらかを失っても成り立たなくなます。

田舎の町で、特養(特別養護老人ホーム)が2カ所と老健(介護老人保健施設)が1カ所。ショートステイの枠も限られています。

ギリギリのところで生活が成り立っている人たちですから、環境が変わるのを嫌がり、少しの変化にも拒否感を覚えます。

ここでケアマネジャーとしては、本人たちの意向を知ることや今あるこの世帯の状況を踏まえ、地域の避難所へ行くという事を躊躇してしまいました。最も確実なのはショートステイに預けることでした。しかし、2人ともにショートステイの経験さえありませんでした。

排泄機能も問題となります。移動先で独特な方法で行っている動作が維持できるのか、できないからとおむつになっては心理的、身体的に悪影響があります。また、帰宅後の生活も激変してしまいます、

幸いこの時は、結果的にショートステイの枠が取れ、排泄についての状況を詳しく申し送り、事なきを得ることができました。

その人らしさを失わない災害対策

この直前から、災害対策として、自治体、地域包括支援センター、生活支援コーディネーター等々といろいろなことを事前にすり合わせをし、情報を共有しながら進めている状況です。ケアプランの中でショートステイの予定も入れるようにしました。

しかし、「災害時にはショートステイ」と固定化していいかといえば、そうでもありません。

災害時には地域には1つの避難所が開設され、そこに誘導され、さらには福祉避難所に移らなければいけません。特養や老健も、災害時に必ず確保できる保証はありません。

この町はケアマネジャーである私の地元でもあり、この世帯や住民の暮らしぶりもある程度は理解しているつもりです。

自治体や民生委員は「すぐにでも避難所へ駆けつけてください」と言うしかないのですが、要介護状態にある方の環境の変化は簡単なことではありません。

私が特に配慮するのは「避難してもAさんらしい生活の維持」です。まず、Aさんはどんな時でも息子を探し、声をかけるなど母親であり、母親としての役割を果たそうとしています。

Aさんは、若い頃地域で存在感の大きい人でした。地域のリーダー的存在で地域を引っ張ってきた人なのです。この地域に住み、この地域のことでは現役世代の知らないことを多くご存じの方です。

そのAさんの地域での価値が薄れない環境をどう維持していくか。これを考えるのが、ケアマネジャーだけでなく、同じ地域に住む私「個人」の課題でもあります。

ケアマネジャーの役割とは

ケアマネジャーとしては自立支援・重度化防止の観点からの目標もさることながら、Aさんが個人や存在としての「尊厳」を保持し、地域の中でその人らしく生ききることも優先するべきではないかと考えます。

台風や地震など、災害の時も身の安全確保を目標にプランを作成していますが、中には「自分はここで死にたい、ここで死ねたら本望だ」という人もいるでしょう。ここまで言われると判断は慎重になります。

実際にAさんと担当医師の考えは「体調が急変した時も入院ではなく、家で最期まで過ごす」と決めています。

自治体は公であり、民生委員は地域のみんなを担当しています。Aさんを担当しているのはケアマネジャーしかいません。避難し、環境が変わってしまうと、ここまでAさんが守り抜いてきた「のぞむ暮らし」や果たそうとしている母親としての役割がどう変化するのかということが大変気になります。

災害時、ガイドライン等に沿ってシステマチックにできることもあります。本事例のように、その時の対応を慎重に、そして安全に、みんなで連携しながら対応していくこともあります。その葛藤の中で、その人の「のぞむ暮らし」を実現するために、様々な方法を、自治体や他の機関などとの連携の中で模索していく事がケアマネジャーの役割ではないかと思うのです。

(令和5年10月末時点)

障害高齢者の日常生活自立度/B1(医師)

認知症高齢者の日常生活自立度/Ⅲb(医師)

疾  患/アルツハイマー型認知症・両下肢筋力低下・総胆管結石

家族構成/子(72歳・介護1)と2人暮らし

身体状況/自宅内は這って移動、外出時などは車いす使用

食  事/セッティングすると自力摂取可能

排  泄/ポータブルトイレで可能

入  浴/介助にて実施している

社会交流/ほとんどない。来訪者はヘルパー・民生委員程度

※本人およびご家族の許可を得て掲載しています。(一部修正あり)

今回のポイント

生命や身の安全を確保することだけが災害対策ではない。
避難後も"その人らしく生きる"ことを優先するため、
平時から地域で検討し、情報共有しておくことが大事である。

「個」ではなく「世帯」を軸に考える

本事例の舞台は災害に弱い離島(種子島)で、しかも利用者がAさん(要介護4)と息子さん(要介護1)の母子2人というケースである。2人暮らしのため避難誘導を助ける家族もいない。そのようななかでケアマネジャーは個、世帯、地域を捉えたとてもすばらしい対応をしているというのが私の第一印象だ。災害が起きた場合にどうすべきか──平時から考えをめぐらし、この母子にふさわしい避難戦略を練っていただろうことが伝わってくる。

Aさん宅の災害対策で特徴的なのは、一貫して「個」と「世帯」の両方の視点から対応を心掛けたことである。このケースは2人のそれぞれの思いを尊重しながらもどちらかにだけ重点を置くのではなく、母・子を一体的にも見ていかねばならない。避難計画や行動をとるとき、2人が別々の場所に避難すること、あるいは避難後の暮らしがこれまでと大きく異なるとしたら、そのプランは最初から除外することさえ考慮しなければならない。自らも同じ地域に暮らし、利用者がお元気なころから性格や暮らしぶりを知るケアマネジャーには、そこがしっかりできていた。

存在そのものを助け合う母子

感心すべきは、ただ単に災害から生命が救えればいいという考え方ではなく、避難後に2人にどういう“ダメージ”がもたらされるかまで予測して配慮していることだ。ここでいうダメージには二つある。一つは、避難先で普段と違う場所や環境で暮らすことによるリロケーションダメージ。特に認知症のAさんにとっては症状悪化の誘因となる。もう一つは、Aさん母子が長い年月を経て培ってきた濃密な関係が損なわれることによって生じるダメージである。

ともに介護を必要とする心身状況にありながらも、2人は互いに支え合って生きてきた。100歳を超え歩行や排泄が難しくなっても、Aさんは母親の役割をきちんと果たしてきた。息子を世話することが生きがいであり、長寿の原動力となっている。息子さんも同様に、パーキンソン病を患いながらも自分が母を守らねばという使命感で頑張ってきた。こうした濃密な関係を絶たない避難を最優先に考えたのである。単に生命や身の安全を確保すればいいのではなく、「その人らしさを失わない災害対策とはいかなるものか」をていねいに考え、心血を注いでいる。

避難後の暮らしに思いを馳せて

ケアマネジャーが災害対策に関与する意義はまさにここに極まるといえるのではないだろうか。ケアマネジャーの役割は、日常生活上の課題を解決することである。制度上、自立支援重度化防止の視点からADL維持や低下防止が求められる。しかし、最大のミッションは「その人が、その人らしく生きて最期を迎えられるよう支援する」ことにある。災害対策を考える際にケアマネジャーは、心身状態の悪化に伴い日常生活に支障が生じている高齢者等を安全な場所に避難できるようにすること、つまり避難対策そのものに目を奪われがちだ。しかし本事例の場合は、利用者さんの避難後の生き方にまで心を寄せて考えている。そこがすばらしいと思う。

このケースでは母親と息子は互いの存在そのものに価値を感じ、助け合っている関係にある。これは誰が担当ケアマネジャーであったとしても一様に感じ取ることだろう。しかし、Aさんが婦人会でもリーダー的役割を果たしてきたという生きざまや地域とのつながり。人間関係とAさんの意識まで配慮した関わりを徹底することは容易ではない。鮫島さんの場合、ケアマネジャー自身が同じ地域の住民であり、鮫島さん自身も地域活動を重ねてこられたことも功を奏して、個人だけではなく、世帯を単位に、また地域の中での立ち位置までを考えたうえで、災害後の生活における価値が薄れないような避難対策を考えているところが素晴らしい。

もちろん、住民の数が少なく昔から村落の情報共有がある程度できている地域だからできることで、大都市部のケアマネジャーにとってはこうした対応は難しい一面もあるかもしれない。ただ、災害対策においても忘れてはならない点であり、この事例から学ぶことである。自治体が出しているハザードマップにより地域の想定被害を把握しておくことや、いつなんどき起きるかしれない自然災害に対し、利用者が日ごろしている生活、過去から紡いできた人とのつながりや役割をつかんでおくことも重要である。法定研修に災害対応の具体までは含まれていないが、時間があれば、国が発出している災害時要援護者の避難支援ガイドラインや職能団体が作成している「災害対応マュアル」に目を通しておくのもよいだろう。