在宅ケアケース事例Home care case example
国際医療福祉大学大学院
先進的ケア・ネットワーク開発研究分野
教授 石山 麗子氏
独居・認知症の人をみるときは、
緻密な情報収集とチーム判断がカギになる
全世帯の3分の1が単独世帯で、うち4割が高齢者の独り暮らしとなった日本。独居認知症の事例は日増しに増えています。独居で認知症の人は自分の生活ぶりを憶えていられません。つまりケアマネジャーは、本人がどういう生活をしているのか分からない中でケアプランを作らねばならない。ここに最大の問題があります。だからこそ、ほかのケース以上に多職種や周りの人からの情報収集が必要になります。今回の事例はそれが十分に機能した事例といえます。
今回の事例
社会福祉法人うらら
すまいるプラス
部長 吉田 京子氏
支援経過
キーパーソンは遠方に住む甥
地域包括支援センターからの紹介で、Aさん(88歳・女性)の支援を開始したのは5年前のことでした。認知症で服薬管理が困難となり、入院したのをきっかけに要請があり介護保険サービスの利用申請したところ要介護1でした。一軒家に、当時はダウン症の娘さんと二人暮らしでしたが、今年4月に亡くしてから独居生活に。庇護するとともに生きる支えにもなっていた娘さんの死後は、食事もとらずにいる時間も増え体重が激減。話し相手もなくなって認知症が進み、家事全般における支援が必要になってきました。
心配なのは認知症だけではありません。身体的にもがんや糖尿病などの持病があり、がんについては通院治療を続けていました。他にも洞不全症候群(ペースメーカー)、糖尿病、鎖骨骨折による痛みなどがありました。定期的な検査やペースメーカーのチェックも必要です。乳がん手術後のリンパ節転移・骨転移が認められ、服薬管理が非常に重要な患者でもありした。そこで、服薬管理については訪問薬局の薬剤師に依頼。クスリは必要な量をヘルパー、デイサービス、甥に分けて預け、毎日一回欠かさず服用してもらうようにしました。
独り暮らしとはいえ、Aさんの場合はしっかりした介護のキーパーソンがいました。遠方に住む甥(75歳)が主たる介護者となり、週一度訪問してくれるほか、通院の付き添い、金銭管理や服薬支援を担ってくれました。また、半世紀も変わらず暮らすご近所とは家族のように仲が良く、救急搬送時や何か困ったときには手助けしてくれる関係が築かれていました。認知症は比較的軽度で、今さっきの事を忘れてしまうけれど、その場では穏やかな笑顔でコニュニケ―ションができます。5年前から通っている週4回の認知症対応型デイサービスでも、他利用者とも職員とも信頼関係が築かれており、良好なコミュニケーションがとれていました。しっかりとAさんの居場所になっていました。それは娘さんが亡くなった後も同じでした。
娘さんの死後、ヘルパー訪問を朝夕2回に
心配なのはやはり、加齢とともに顕著になる認知機能の低下です。認知症の進行を抑えるイクセロンパッチ9㎎が処方されていましたが、最愛の娘さんが急死された後から、ご飯を繰り返し何度も炊いてしまうとか、お鍋の空焚きをするとか、少しずつ問題が起きてきました。着替えができなくなり、放っておくと着のみ着のままの状態。失禁してしまっても誰かが来るまでそのままで、ヘルパーや甥が来たとき、室内が便だらけになっていたこともありました。
特に日が落ちてからは不穏になる機会が増えていきました。ヘルパーを朝夕2回入れるようにしたのは、娘さんを亡くしてから。これにより介護保険の利用料が限度支給額(当時要介護3)を超えてしまいましたが、キーパーソンの甥、ケアチームと相談を重ね、何よりも本人が安心して生活できる環境をつくることを最優先しました。冬場など、あたりが暗くなるとヘルパーがチャイムを鳴らしても警戒して応答しなかったり、「警察を呼ぶぞ」とカギを開けないこともあり、事情を知るご近所の方の呼びかけで何とか入室できることもありました。例えばデイサービスから帰る時間とヘルパーの夕方訪問の時間を同じにして一緒に入るなど、ちょっとした工夫も必要でした。
毎回ショックを受けても、ごまかすことはしない
一番辛かったのは、娘さんの死の事実を忘れてしまうことでした。朝方やデイサービスから帰宅したときなど、「娘がいない」とひとしきりパニックに。亡くなったことを告げると初めて知ったかのように大きなショックを受け、毎回号泣してしまいます。Aさんの辛さを思うと私自身も含め、甥・ケアチーム全員が胸を痛めていました。「今ちょっとショートステイに行っている」等と誤魔化すという選択肢もあったかもしれませんが、本当に大事なことなので私たちにはできませんでした。
Aさんはどんな病気をしても「娘を残して死ねない」と頑張り続けてきた方です。まっすぐで嘘のない人生を送ってきたAさんに誤魔化しは通用しないし、したくないとケアチーム全員が思っていました。
この件にはずっと悩みました。きっと正解はないのと思います。最終的には、酷なようでも起こった事実を告げる→最期(Aさんの腕に抱かれて逝った)の話をする→楽しかった親子の思い出話を繰り返すことで笑顔が戻り落ち着かれることに気づき、ヘルパーにもその都度、同じように対処するようお願いし、日々の支援の中でのAさんのご様子を共有しました。
最終的にグループホームを提案したのは、5年前から通っていた認知症対応型デイサービスの職員がグループホームに移動になり信頼している顔なじみの職員が傍にいられること。長く診ていただいている訪問診療の先生が継続して診ていただけること。
Aさんが落ち着かれている状態の時に何度も繰り返しお気持ちを伺う中で「〇〇さんが行ったグループホームを見に行ってみたい」とのご希望を伺い、甥とケアマネと3人で見学に行きました。表情の曇りがないか等、見逃さないように配慮し、どのように感じたか教えていただきました。「窓から土手が見えて、景色が良いね」「お風呂、うちより広いんじゃない」他の利用者の様子も見て、「私が手伝えることは何でもやってあげるわよ」と生き生きされているAさんにとってこれからの新しい生活の場になりうるのではないかと考えました。人間は、誰かの役に立つ、他者の喜ぶ顔を励みに生きていくようなところがあると思います。認知症を患われている方も同じです。認知症に適したグループホームでは家事を分担したり、ご飯を一緒に作るとか、“役割を再獲得できる”ところが、娘さんを亡くして目的を失ったAさんの力になると考えました。Aさんに入所についてのお気持ちを何度も確認し「〇〇さんがいる所なら安心」「一人で過ごすのはやっぱり寂しい」との意思確認を行った上でグループホームに入所するということになりました。それから2ヵ月が経過しましたが、生き生きと以前のように笑顔で過ごされている様子を見るとこれが最善だったのではないかと思うのです。
事例概要
利用者/Aさん(88歳・女性)
要介護3
(令和6年11月末時点)
障害高齢者の日常生活自立度/B1
認知症高齢者の日常生活自立度/Ⅱb
既往症/アルツハイマー型認知症、乳がん骨転移、洞不全症候群(ぺースメーカー)、糖尿病、脂質異常症、脂肪肝
家族構成/独居。主たる介護者は遠方に暮らす甥。
身体状況/認知機能低下により、家事全般に支援が必要。
食 事/目の前に用意すれば可能
排 泄/自分で排泄可能もふき取り不十分。失禁し、室内を汚すことも。
歩 行/伝い歩き。下肢筋力低下でふらつきあり。見守り必要。
入 浴/認知症対応型デイサービスにて一般浴(一部介助必要)。
介護サービス/居宅療養管理指導(内科)、訪問薬剤指導訪問介護(2回/日)、認知症対応型通所介護(週4回)、訪問看護(1回/2週・緊急時)
社会交流/ご近所と密な交流あり。
※本人およびご家族の許可を得て掲載しています。(一部修正あり)
今回のポイント
独居認知症の限界が近づいたら、その先をどうするか。
献身的な甥やご近所の緊密なサポートを見極め、
グループホームへの入居を提案した。
服薬管理の薬剤師依頼は必須
本事例で真っ先に浮かんだのは、娘さんの生前から5年間、ケアマネジャーがこの母子と真摯に接した時間と、その結果生まれた確かな信頼関係です。それがなければ、この難しい状況の中で本人に寄り添った素晴らしい支援は成立しなかったと思います。ダウン症の娘さんの死はAさんにとって、生きているのが辛くなるほどの出来事でした。自分が死ぬときには一緒にという覚悟をもって育ててこられたと思います。それだけ濃い関係にある母子が88歳の高齢で子を失い、独居になり、しかも認知症を発症した。このような状況にある人をみるときは、一般の高齢者や認知症の人に対する介護行為とは全く別次元の配慮と関わりが求められます。
Aさんには認知症のほかにも、がんや糖尿病の持病があり、ペースメーカーも装着しています。乳がんのリンパ節転移も見つかっています。まず服薬管理を薬剤師に依頼したことは良かったと思います。支援者がご本人と一緒にいる時間は限られたごく短い時間。認知症もあって、体調を聞いてもどこに痛みがあるのか、したいことが何かといった情報さえ正確に得ることはできません。薬の専門家を介在させることで、とりあえずがんや糖尿病の病状悪化や痛みをコントロールできます。
本当のことを言うべきか、対応に正解はない
娘さんの死の忘れ、告げる度に号泣するAさんにどう対応するか。ここは、多くのケアマネジャーが頭を悩ませるところです。真実を伝えない人もいるでしょうが、それも間違いとは言えません。「大事なことだからウソをつくことはできない」と判断したケアマネジャーの判断もまた良し。正解はないと思います。
ただここで注意すべきは、その決断は必ずヘルパーをはじめとする他の介護スタッフの合意を得てからすること。毎回の号泣に疲弊してしまう人、支援すること自体怖くなる人もいます。5年間お付き合いしてきた積み重ね、つまり信頼関係が構築された中で、ケアマネジャーは真実を知るほうがこの人にとって良いと判断しました。ヘルパーの力量も見極め、きっとねぎらいの言葉をかけるなどフォローしつつ対応されたと思います。覚悟をするだけでなく周囲に声かけし、一緒に対応した様子がひしひしと伝わってきます。独居認知症介護の鉄則であるチーム対応が見事に達成された事例ともいえるでしょう。
集団生活への適性を見極める
最後にグループホーム入居を提案します。在宅での生活が限界に近付く中、次のステップへの移行を専門職として悩んだ時期があったでしょう。というのは、高齢者の中には集団生活が向かない人もいるからです。また、特養でも優良老人ホームでもなく、グループホームを推奨したところに意味があります。同じ集団生活の中でも、グループホームは少人数でわりと人間関係が濃いところ。周りとうまくやっていける人でないと楽しめないし、迎える人たちもつらくなってしまいます。決して縁が近いとはいえない甥の献身的姿勢や、何かあると必ず手助けをしてくれるご近所との距離感から、ケアマネジャーはこの人なら大丈夫と判断したのでしょう。今は認知症になり混乱しているものの、こういった他者との関係の中にAさんの人柄をかいまみることができます。真摯なケアと緻密な情報収集を心掛けているケアマネジャーはそこを見逃しませんでした。
最後の方に“役割を再構築”という言葉が出てきます。役割というのは、他者との関係性の間でできること。娘さんを喪失したつらさを、他者に対して自分が役に立つという行為を通じて、自分が生きている意味や楽しさを感じられる人だと考えたと思います。特養の場合、どうしてもその役割を職員さんが担ってしまいます。何か新しい役割を持たせてやること、そして生活の場自体も変えてやることで、娘さんを探す行為もおのずと減っていくかもしれません。