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ふれあいの輪は、新しいホームケア・在宅介護を目指して、
(公財)フランスベッド・ホームケア財団によって
運営されています。

ふれあいの輪

知っとく!Shittoku

渡邉 利章氏

社会福祉法人大翔会グループ
最高執行責任者
理事長

渡邉 利章

・ICTと福祉用具活用による新たな介護の形
・介護DXに取り組む特養「Greenガーデン南大分」
・最大のハードルになったものとは?

介護業界は大きな転換期に立たされている。ICTを積極的に取り入れて生き残るか、あるいはその逆かである。
2024年度の介護報酬改定に当たって職員の配置基準緩和があり、その条件にICT化があった。このことからICTの導入がクローズアップされ、注目された施設の1つに大分県の特別養護老人ホーム「Greenガーデン南大分」がある。同施設は先進的なICTと福祉用具活用で知られ「これまで部分的な最適化を見てきたが、ここまですべてを網羅している施設は初めてだ」と評価されているほどだ。本誌は「Greenガーデン南大分」を訪問し、大翔会グループ理事長の渡邉利章氏にお話を伺った。

社会福祉法人大翔会グループ

社会福祉法人大翔会グループ

高稼働率・高生産性の特別養護老人ホーム

「Greenガーデン南大分」は、社会福祉法人大翔会が運営する大分市の特別養護老人ホームである。29室の特別養護老人ホームに加え、10室のショートステイ、30名まで対応可能なデイサービスを提供している。

その稼働率は極めて高く、特養は開設以来100パーセントの稼働率で待機者は80名ほど、ショートステイは4カ月先まで予約が埋まっている。同施設のスケジュール担当者は、4台のディスプレイを駆使して対応している。

「最大限に受入れに対応しています。特にショートステイでは、いかに利用希望者を多く受入れ、介護に追われている家族に休息を与えるのかが私たちの使命と考えています」と渡邉氏は訴える。

同施設が人気となる指標として職員の配置比率が挙げられる。一般的には4対1や3対1などの配置となっているが、ここでは2.7対1という高い職員配置率を実現している。

「これ以上減らすと職員がいなくなってしまいます」と、渡邉氏は苦笑する。

利用者や家族の満足度は非常に高く、職員の退職率も低い。また、全国各地からの視察はもちろん、介護が社会問題となりつつあるアジア各国からも見学に訪れるほどである。

5つの実践

脱衣所 リフトレール

先進的な福祉用具とICTの導入
ノーリフティングケアで「抱きかかえゼロ」

同施設では、設立当初から「ノーリフティングケアの方針」を掲げている。介護の現場で利用者を持ち上げたり抱え上げたりすることを避けることで、職業病である腰痛を減らすことができる。

導入初期には、「機械で人を吊り上げるのはひどい」という誤解もあったが、実際に導入効果を目の当たりにして、ケアの安全性と効率性を認識し、肯定的に受入れられるようになった。

「福祉用具を活用することで、体に触れることなく、利用者とコミュニケーションができます。これが利用者の満足度向上になります」(渡邉氏)。例えば、入浴は高度な介護技術が必要で、習得するのに2年はかかる。それでも2人か3人がかりの作業である。しかし、電動リフトを利用することで、新人でもわずか2カ月で習得することができるし、安全性も高まる。

見守りセンサー

見守りセンサーで「夜間巡視ゼロ」

各部屋には見守りセンサーを導入しており、夜間の巡視ゼロに成功した。以前は2時間ごとに職員が巡回し、利用者の安全を確認する必要があったが、利用者の状態を管理室から把握できるようになった。一部の利用者は音や光に敏感なため、夜間巡回による不快感が減少し、睡眠の質が大幅に向上した。

センサーは利用者の状態を「深い睡眠」「浅い睡眠」「覚醒」の3つの状態に分けて表示し、異常が発生した場合にはアラートが表示される仕組みとなっている。さらに、必要に応じてライブ映像に切り替えて部屋の状況を確認することもできる。

「これは利用者の家族にも同意を得ています。利用者のプライバシーを守りつつ、効率的なケアを提供する上で非常に効果的です。3カ月試行して問題がないことを検証し、稼働に入りました」と渡邉氏は強調する。

インカムで確認

インカム活用による業務効率化

同施設を訪問して印象的なのは職員全員がインカム(ヘッドセット)を装着していることだ。職員がインカムで誰の介護に向かっているか、または終了したかの情報を発信・共有し、対応の重複がなくなる。これにより施設内での職員同士のコミュニケーションを改善し、業務効率を向上させることができた。

介護記録の入力にもインカムによる音声入力アプリを活用している。従来、介護記録は手書きでメモを取り、後でパソコンに入力するという二度手間が発生していた。しかし、音声入力アプリを採用することで、職員はその場で記録を残せるようになり、記録入力のための残業がなくなった。

さらに、スマホによる電子同意書の導入により、対面での説明や署名を必要としないシンプルな手順が確立された。

パソコンルーム

東京大学と共同でAIの実験

同施設の先進的なICTと福祉用具の活用を解説してきたが、これだけではない。実証実験を進めているテクノロジーも多いのでその一端を紹介しておきたい。

注目すべきはAIの活用だ。東京大学の淺間一(あさまはじめ)特任教授と協力し、AIを活用した新しい介護のあり方に取り組んでいる。

職員の目の役割を果たすセンサーを部屋に設置し、24時間365日、センサーがとらえた状況をAIが分析し、職員に適切な情報を提供する。AIが利用者の動きを感知し、転倒の危険性がある場合には職員に警告を発する。見守りセンサーによる「夜間巡視ゼロ」の次のステップであり、AIが的確に「リスクを予見」する。

「これは汎用的なシステムとして応用できます。保育園での子供の見守りなど、他の分野でも活用できると期待されています」と渡邉氏は笑顔を見せる。

介護記録や面会者データ、職員の履歴書、経理データなど、あらゆるデータが施設内には保管されている。これらデータから必要書類を検索するのは簡単なことではない。しかし、これをAIにまかせてしまうシステムも試験中だ。AIで全データをデータベース化して、職員のインカムからの問いかけに応じて、瞬時に見せたり聞かせたりすることができる。

「これで大半の申し送りが不要になります。すべての申し送り事項も必要な情報もAIから引き出せばいいのです」(渡邉)。

配膳用ロボットたまちゃん

配膳ロボット「たまちゃん」の活用

同施設ではメーカーと共同で配膳ロボットを荷物運びに応用実験をしている。ファミレスでよく見かける猫型の配膳ロボットである。ショートステイが100%を超える状況で、毎日のように利用者の入れ替わりがあって、そのたびに職員が重い荷物を運搬しなければならない。その負荷を軽減するのがロボット「たまちゃん」で、廊下の障害物を避けて移動していく。この間、職員は利用者を安全に部屋へ導くことができる。

また同施設ではオンライン診療の実験も進めている。パートナーとなっている大分メディカルセンターと協力して、双方に等身大モニターを設置してオンライン診療を開始する。遠隔地の聴診器の音もリアルタイムにドクターの耳に飛び込んでくる。口内も拡大映像で確認できる。体調の優れない高齢者をわざわざ医療施設まで搬送する必要がなくなり、スピーディーな診察が可能で、利用者も安心。職員の手間を大幅に削減できる。

調剤薬局から薬をドローンで配送する実験も検討中だ。

デイサービス風景

必須となる職員の意識改革

外国人労働者からの評価も良く「働きやすい環境で給料も良い」と高い満足度を得ている。彼らには一戸建ての住居を提供し、共同生活できる環境を整えている。昇格のタイミングも日本人と同様であり、公平な職場環境を提供することで、外国人労働者のモチベーション向上につながっている。

「Greenガーデン南大分」は、2015年に開設されたが、そのコンセプトは「施設っぽくない施設」ということ、介護する人とされる人が分かれることなく、ともに生活する場としての施設を目指した。従来の「してあげる介護」から、利用者の自立を支える「寄り添う介護」への転換に成功した。

ところが、渡邉氏の目指すケアのあり方や経営方針を職員に理解してもらうまでには3年を要したという。

「開設に当たって30名の職員を用意しました、その8割がやめていきました。ここで分かったことがあります。ICT化やDX化に必要なのは最先端の設備や使いこなす能力ではありません。職員の意識改革です」と渡邉氏は断言する。

渡邉氏の方針に従わない職員の離職が相次いでも、渡邉氏は信念を貫き通した。結果として、同じ目標に向かう職員だけが残り、安定した施設運営が可能となった。3年ほどで離職率は減少し、職員の働きやすい環境が実現し、有給取得率の推進や福利厚生の充実も図られた。

「ICT化もDX改善も設備の導入や投資ではなく、現場スタッフ一人ひとりの意識を改革することが最も大きな課題でした」と渡邉氏は振り返る。

参照・アクセス先URL

介護分野における生産性向上
・生産性向上カイドライン
・支援・促しの手引き、スキル研修教材
・業務時間見える化ツール、効果測定ツール
https://www.mhlw.go.jp/kaigoseisansei/index.html

介護分野におけるICTの利用促進
・ICT 導入支援事業
・ICT 導入の手引き、ICT導入促進セミナー
・ケアプランデータ連携標準仕様
https://www.mhlw.go.jp/stf/kaigo-ict.html

ケアプランデータ連携システム
 (ヘルプデスクサポートサイト)
https://www.kokuho.or.jp/system/care/careplan/