ズームアップひとZoom up Person
島川 弘美氏
理学療法士。このほかに、福祉用具プランナー、ノーリフトケアコーディネーター、防災士,北海道地域防災マスターとして多方面で活躍している。大学進学で北海道に渡り、理学療法学科を出て就職。以来、北海道を地場に活動を展開している。
軽くて丈夫、災害時に最適!
強化ダンボールで
テーブルや椅子を手作り
島川弘美氏はパワフルな行動力の持ち主である。本業は理学療法士だが、福祉用具プランナー、ノーリフトケアコーディネーター、防災士、北海道地域防災マスターの肩書を持つ。これら活動の一つが「三層強化ダンボールを使った高齢者及び障害者の福祉用具作成」だ。ダンボールで災害時用の家具を手作りする活動であり、大きな支持を得ている。その活動資金援助をフランスベッド2023(令和5)年度「研究・事業・ボランティア活動助成」に応募し助成金を受けた。島川氏の活動やそこに至るまでの経緯を紹介したい。
リハビリにおける環境整備の重要性
島川氏は、北海道大学でリハビリテーションを学び、過疎地における医療活動に興味を持った。都会であれば人も設備も充足しており、十分な手当を受けることができる。しかし地域、とりわけ過疎地になると、十分とはいえない。そこに疑問を持ち、自らの活動の意義を見つけ、北海道にとどまり、理学療法士として活動を続けている。
「人助けが好きなんですね。北海道で地域医療をお手伝いしていきたいと思いました」と笑顔を見せる。
大学を出てからの職場は洞爺協会病院。北海道の地域リハビリテーションをけん引してきた病院であった。
ところが、退院しても「うまくできなかった」と戻ってくる患者をしばしば見かけることになる。家庭では病院とは異なり、知識や技術がある人が側についてくれるわけではない。
「本人のモチベーションや能力を上げたり、家族の介護力を上げたりするだけでなく、それを補う用具や家具を揃えるなど環境整備をしていかなければならないと感じました」と語る。
災害時の避難所での無力感
洞爺協会病院は定期的に活火活動を繰り返す有珠山の前にあった。就職の際に念を押され、ずいぶん先のことだろうと思っていたが、想定よりも早く噴火活動が始まってしまった。2000年3月のことである。
患者さんを他の施設に転院させたり退避させたりしたその日のうちに病院は立ち入り禁止となった。その4日後に本格的に噴火が始まり、多くの人が被災し避難所生活、さらには仮設住宅での生活を強いられた。
この時病院長の勧めもあって避難所でボランティア活動をはじめた。
ところが、避難所では普段ならできることが、まったくできない。これには驚いた。病院であれば支援する人がいて福祉用具があり環境も整っている、家庭だったら使い慣れた家具もあるから力が弱くても生活はできている。その当たり前のことが避難所ではできない。このため、要支援者の体調がどんどん悪化していった。
「これが悔しくて、悔しくて……、あのころはパーティションもダンボールベッドもない時代でした」と振り返る。
床に雑魚寝の状態であった。足腰の悪い人が床で寝るのはきつい。いったん横になると立つのが辛いから、横になったままの生活で体調が悪くなっていく。
災害時における福祉用具と家具の重要性を身にしみて感じた。人の力での限界を感じ無力感にとらわれた。
ダンボール工作との出会い
リハビリでは、体の機能を補うさまざまな用具を活用する、日常生活を支える家具も重要だ。これらが不十分だと本人も家族も支援者も疲弊してしまい、寝たきりが増えてしまう。
福祉用具は介護保険の範囲でレンタルでき、障害者は日常生活用具の給付を利用できる。しかし、これには上限が決まっている。贅沢したいわけではないが、十分ではない。災害時は、そのすき間で体調を壊してしまう人がいる。
ならば自分で必要な家具をつくることはできないかしら?と思い浮かんだ。しかし、スチールや木工は重いし、自分で加工することはハードルが高い。
気にはなっていたが保留(事項)にしていた。
「そんな時に出会ったのが、繁成剛先生が展開している強化ダンボールを使った用具作成支援でした。まさに自分の求めているものとぴったりだと思いました」と、ダンボール工作との出会いを語る。東日本大震災より少し前のことである。
繁成剛氏はリハビテーションエンジニアであり、数々の障害児者の用具を開発し大学で教鞭を執るかたわら、被災地支援向けのダンボール家具の開発研究を精力的に展開している。
ワークショップの開催
島川氏のダンボール工作活動が本格化したのは2018年の北海道胆振東部地震の避難生活の時だ。北海道全域が停電になったことで知られている災害である。
保健師や避難住民の声を聞き、必要なものを自分たちで作るワークショップを被災地である厚真町で開催したのである。
現地の保健師から「必要な用具がなくて困っている」という声があった。
「子どもの学習机が欲しい。悪い姿勢でつらそうに勉強していることが心配でならない」と親御さんからも声があがっていた。すでに避難所にベッドとパーティションは備え付けられる時代になっていたが、身近な家具までは福祉用具に分類されていないこともあり入手のめどが立たなかった。
そこで相談したのが繁成先生だった。先生だったら図面を送ってもらえるかもしれないと相談をしたのだが、先生自身がすぐに駆けつけてくれた。図面をその場で引いてくださり、参考文献を示したり、指導もしてくださった。
この時、企業の支援もあり親子で作ったのは見事なランドセルラック。さらに、地元の厚真高校の高校生とボランティアが集まって机や整理棚を作ってくれた。彼らも、日頃お世話になっている地元に恩返しがしたかったのである。
強化ダンボールの可能性
島川氏はこのワークショップを通してダンボールは災害時の家具として使えるという確信を得ることができた。
強化ダンボールは特殊加工されており硬くて丈夫である。ベッドとしても使えるほど耐重量性がある。ダンボールだから自由に絵を描くこともできる。
それでいて軽い。子どもや高齢者でも簡単に持ち運びすることができる。
撥水性・防水性も優れておりカヌーを作ることができるほどだ。
紙にもかかわらず耐熱効果もある。ストーブの煙突のガードぐらいならできてしまう。
リサイクル率が高く、使い終わってもゴミにならない。
イメージとして温かみもあって、ここがスチールとは異なる。
分解すると薄くコンパクトに収まり、備蓄もしやすく、災害時には組み立てやすい。
「災害時に強化ダンボールは避難者の重要な生活支援の素材となります」と島川氏は断言する。
避難者の生活は単調である。食事しかすることがない。そんな時にダンボール工作は被災者のリハビリになるし、レクリエーションにもなる。塞ぎ込んでいた子どもたちもやることが見つかる。子どもたちは学校を避難所に奪われ、勉強も遊ぶこともままならないのだ。
フランスベッドの
「研究・事業・ボランティア活動助成」
しかし、ハードルがあった。強化ダンボールは特殊な素材であり、北海道では製造されておらず、本州からの輸送費が高くついた。避難生活や仮設住宅では自治体でも経費の限界がある。
ところが、2023年に登別市の株式会社光輪ロジスティクス(一般貨物自動車運送業)が強化ダンボールの提供を検討してくれることになった。運送用資材として備蓄されているため一般販売がされないが、条件が合えば輸送コストを抑えて入手できる道が見えてきた。
こんな時に、フランスベッドの「研究・事業・ボランティア活動助成」の存在を知り、急ぎ申し込むことにした。
ギリギリで準備不足も心配されたが、「三層強化ダンボールを使った高齢者及び障害者の福祉用具作成支援」として助成金が認められることになった。
強化ダンボールの工作教室を展開中
資金は災害時の救援物資を整えるためのものではなく、平時からフェーズフリーで使いながら備えることを提唱する活動継続のための支援金である。
現在島川氏の取り組んでいるのが「ダンチェの工作教室」だ。ダンボールチェアのことで、腰掛けにもなるミニテーブル。ダンチェなら30分もあれば作ることができる。濡れても大丈夫で食事もできる。簡単に持ち帰ることもできる。丈夫だから踏み台にもなる。
すでに10回ほど開催していて、大盛況である。市の広報に載せるだけで意外なほど参加者が集まる。数人が集まったら出前講座も展開している。
「理学療法士や防災士としていくつかのメニューを持っていますが、今はダンチェの工作教室が一番人気です。講演するだけではなく、手作りで体感できるところに興味が集まるようです」と島川氏は手応えをつかんでいる。
さらには、専用のサイトも作成中だ。現状はお問い合わせ程度の個人的なページしかオープンしていないが、それでも問い合わせは多い。
「強化ダンボールは災害時にとても役立ちます。強化ダンボールがDIY素材として簡単に手に入って、普段から多方面で使いながら備蓄しておける地域が増えてほしいと思います」と島川氏は呼びかけた。