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ふれあいの輪は、新しいホームケア・在宅介護を目指して、
(公財)フランスベッド・ホームケア財団によって
運営されています。

ふれあいの輪

介護最前線Front line of Nursing

小栁 勇太氏

経済産業省 商務・サービスグループ
ヘルスケア産業課

課長補佐 小栁 勇太

沼澤 駿斗氏

経済産業省 商務・サービスグループ
ヘルスケア産業課

係長 沼澤 駿斗

・認知症とともに歩む社会へ
・経済産業省が推進する「オレンジイノベーション・プロジェクト」の取り組み

認知症は、今や日本社会全体で取り組むべき重大な課題となっている。2022年時点で、国内の認知症患者は約443万人、軽度認知障害(MCI)を含めると1,000万人を超えた。2040年には、認知症およびMCIの人の数が1,200万人に達すると予測され、これは日本の総人口の約1割に相当する。

認知症の人が安心して暮らせる社会の実現には、医療・介護の充実だけでなく、身の回りの製品・サービスが認知症になってからも使いやすいものになっていることや、認知症による困りごとを支援するような製品・サービスの充実が求められる。こうした中、経済産業省は、認知症の人が抱える日常生活の課題を解決する製品・サービスの開発を促進する取組を進めている。

(出所 令和5年度老人保健事業推進費等補助金「認知症および軽度認知障害の有病率調査並びに将来推計に関する研究」(九州大学大学院医学研究院 衛生・公衆衛生学分野 二宮利治)を基に作成) (出所 令和5年度老人保健事業推進費等補助金「認知症および軽度認知障害の有病率調査並びに将来推計に関する研究」(九州大学大学院医学研究院 衛生・公衆衛生学分野 二宮利治)を基に作成)

認知症の人が直面する日常生活の困りごと

 認知症にはさまざまな症状があり、日常生活における困りごとも多種多様である。生活シーンごとに直面する課題を整理すると、具体的には以下のことがあげられる。

●家庭内での困りごと

着替えができない:「ボタンの留め方がわからない」「服の前後がわからない」
食事の問題:「火をつけたことを忘れる」「茶碗やコップがうまく持てない」
家事が難しい:「家電の操作が難しい」「ゴミ出しの曜日を忘れる」
金銭管理の難化:「通帳・印鑑など、貴重品をしまった場所を忘れる」「お金を引き出したことを忘れる」

●外出時の困りごと

移動が不安:「道順を忘れてもと居た場所に戻れない」「公共交通機関をうまく利用できない」
買い物が難しい:「支払いの計算ができない」「同じものを何度も購入してしまう」

プロジェクト参画した認知症の人や家族・支援者 プロジェクト参画した認知症の人や家族・支援者

オレンジイノベーション・プロジェクトの発足

 経済産業省では、認知症の人の尊厳、想いを尊重しながら、生活を支える広範な企業と認知症の人や家族・支援者等が連携し、イノベーションを創出することで、認知症になってからも自分らしく暮らし続けられる社会づくりを目指している。「認知症の人が安心して暮らせる製品・サービスの開発を促進し、そして持続可能な仕組みとして構築することを重要視しています」と、経済産業省 商務・サービスグループ ヘルスケア産業課 課長補佐 小栁勇太氏は説明する。その取り組みの一環として、2020年度に「オレンジイノベーション・プロジェクト」が開始された。

 このプロジェクトは、単に企業が認知症の人向けの製品を開発するのではなく、認知症の人自身が開発のプロセスに関与し、「当事者参画型開発」をすることが大きな特徴となっている。このプロジェクトでは認知症の人の意見を直接取り入れることで、認知症の人を含めた誰にとってもより実用的で使いやすい製品やサービスを生み出している。

 オレンジイノベーション・プロジェクトは、経済産業省が事務局となり、企業・研究機関・自治体・福祉団体など、多様なステークホルダーと連携して進められている。企業は、認知症の人と直接対話し、実際に困っていることや、使いやすいと感じる製品の特性を探る。その過程で、企業側の思い込みや先入観を排除し、真に必要とされる製品の開発につなぐことができる。例えば、認知症になってからも使いやすい衣類の開発では、ボタンの色分けや形状の工夫を取り入れたり、履きやすい靴下を考案したりするといった具体的な取り組みが進められている。

 また、認知症の人が開発に参加することで、社会参画の機会が生まれ、自己効力感(自分が社会の役に立っているという感覚)が向上するという効果も得られている。オレンジイノベーション・プロジェクトは、単に製品を作るだけでなく、認知症の人の社会参加の促進という側面も持っているのである。

「認知症の人はもちろん企業にとっても大きなメリットがあります。これがオレンジイノベーション・プロジェクトの大きな特徴です」と小栁氏は語る。

マグネットの磁力により開具が 引き合うファスナー オープンファスナーの 挿入補助パーツ ユニバーサル引手 マグネットの磁力により開具が 引き合うファスナー
オープンファスナーの 挿入補助パーツ
ユニバーサル引手

「使いやすさと安心」を提供するガスコンロ「SAFULL +」 「使いやすさと安心」を提供するガスコンロ「SAFULL +」

オレンジイノベーション・プロジェクトで開発された製品・サービス

 2024年に、オレンジイノベーションの取り組みを広く認知させるため、「オレンジイノベーション・アワード」を創設した。

 受賞企業は以下の通りである。これらは認知症の方のみならず、誰にでも使いやすい製品となっている。
• 最優秀賞:YKK株式会社(マグネット式ファスナー)
• 優秀賞:豊島株式会社(視認性を高めた衣類)・KAERU株式会社(キャッシュレス決済)
• 特別賞:リンナイ株式会社(視認性を高めたガスコンロ)

●YKK株式会社:誰でも開け閉めがしやすいマグネット式ファスナー

 YKKの「click-TRAK® Magnetic」は、磁力の力を利用して簡単に開閉できるファスナーである。左右のエレメントに内蔵された磁力が引き寄せ合い、正しい位置に整列するため、細かい調整をせずにスライダーを引くだけで閉められる。差し込みも不要となっており、認知症の方や手の力が弱い方でもスムーズに使用できる。さらに、片手でも開閉可能なユニバーサルデザインとなっており、障害のある方や高齢者にも適している。誤った閉め方を防ぐガイド機能があり、途中で布が嚙むことなくスムーズな動作を実現している点も大きな特徴だ。認知症の方だけでなく、子どもやスポーツ選手、防寒着を着る人々にも使いやすい設計となっている。

「認知症の方や家族・支援者と連携し、実際に使用してもらいながら改良を重ねている製品です。これならストレスなく着替えができると高い評価を得ています」と経済産業省 商務・サービスグループ ヘルスケア産業課 係長 沼澤駿斗氏は説明する。

● 豊島株式会社:認知症の方にも優しい衣料品

 ワイシャツのボタンとボタンホールをそれぞれ同じ色にするなどの工夫を加え、認知症の方でも簡単に着ることのできる衣類である。認知症の方々とその家族、介護施設のスタッフなどの意見を取り入れながら、見た目は一般的なワイシャツと変わることないデザインを実現している。

● KAERU株式会社:認知症の方にやさしいキャッシュレス決済

 認知症の方の中には、お金の管理が難しくなり、同じ商品を何度も買ったり、高額な商品を誤って購入したりしてしまう方もいる。この問題を解決するため、事前に決めた金額内でのみ決済できるキャッシュレスサービスである。認知症の方が本サービスの活用により、無駄な出費をすることなく、安心して買い物ができるようになる。

●リンナイ株式会社:視認性を高めたガスコンロ

 火の管理が難しくなる認知症の方のために、視認性を向上させたガスコンロとなっている。黒い五徳と白い天板を採用し、火がしっかりと見えるように設計。コンロのスイッチは色分けされており、直感的に操作できる仕様となっている。

小栁氏

今後の展望と持続可能な仕組みの構築

 経済産業省は、オレンジイノベーション・プロジェクトのさらなる拡大を目指している。プロジェクト開始時には5社の企業が参加していたが、現在では46社にまで拡大。今後は、より多くの企業を巻き込み、業界横断的な取り組みを推進していく。

 食品、衣料、家電といったこれまでの分野にとどまらず、金融、交通、観光など幅広い産業の企業が認知症の方々に配慮した製品・サービスの開発に参画できるように支援を強化する。例えば、金融機関では認知症の人が安全に資産管理できるサービスの開発、自動車業界では移動支援技術の導入、観光業界では認知症の人も安心して旅行できる環境整備が進められている

「プロジェクトの一環として、認知症の人がより積極的に開発に参画できる仕組みを提供しています。単に製品を試すだけでなく、企画段階から関与する機会を増やし、『共創』による製品開発をさらに深化させていきます」と小栁氏は呼びかけた。

連絡先

経済産業省 商務・サービスグループ ヘルスケア産業課
〒100-8901
東京都千代田区霞が関1-3-1
TEL:03-3501-1511
URL:https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/